視界

もけっと

座ったまま見える世界。
立ち上がって見える世界。

立ち上がりもせず非難しないで。
座りもせずに肯定しないで。

重い腰を何処かに留めないこと
が視界を広くする秘訣
なんだって。

いつまでも遊牧。
いつも流動。

でも、止まっているからこそ見える物だってある。

ゆっくりと移り変わるグラデーション。





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コメント
あー、なんというか釈然としなくて
モヤモヤするというか消化不良というか…

文章に対しては深く説明は避けたいのですけど
意図と全然違う風に取られるのも避けたいので
ちょっと書かせていただきます。

基本的に私の文章はたとえ話が多いので
そのまま受け止めてもらうと
すごく浅くなってしまったりします。

今回の場合
「座ったまま」「立ちあがって」とありますが
これは行動に対する「ON」「OFF」の意味で

たとえば
「働いている」「働いていない」とか
「食べたことがある」「食べたことがない」とか
そういったことなんです。

つまりそこをいろいろなものに置き換えて考えるんです。

そうすると
経験が「ある」か「ない」か
ってことになってくるんですけども

経験が「ある」か「ない」か
で物の見方は変わってきます。

文中に出てくる「見える」という表現は
実際、視覚で認識するとかというよりは

「物の見方や考え方」という認識的な意味が強いんです。

「非難しないで」「肯定しないで」というのは

「相手の立場や現状が自分とは違うのに
 自分だけの認識で考え方を押し付けないで。」
とか
「もっと深く考えて。」
とか
そういったことなんです。

「重い腰を何処かに留めないことが視界を広くする」
というのは
「実際に両方を経験すればどっちの気持ちだってわかるじゃん。」
っていう知人の言葉を言い換えたものです。

それで「確かに経験すれば考え方も変わるなぁ」
ってのは思ったけど

ずっとその位置にいるから見えるものもあるし
片方しか知らないままだからこその感情ってのもあるし
一概には言えないよなぁ。

と思ってラストの2行が入っています。

で、簡潔にまとめると
「もっと視界を広く持てるといいね」
って事でタイトルが「視界」になってるんです。

とはいえこの文章を書いたきっかけは
描いた女の子の絵が「遊牧民みたいだなぁ。」
ってだけだったりするのですけどね…。

まぁ、文章を読んで人それぞれ違うことでもいいので何か思うことがあってひっかかってくれたらいいなぁ。
ってくらいなんですけど。

何か否定されたみたいで悲しくて書きまくってしまいました。
書いたらすっきりしました!

気分悪くしてしまったらすいませんでした。
  • tarq
  • 2006/03/01 12:52 AM
そうですー。
どれも間違いって意味で書いてるんですよー。
ただ偏った見方はしないようにって事です。
  • tarq
  • 2006/02/28 4:34 AM
どれも間違い。見たいものを見ればいい。視るという事はそういう事。
  • Shine
  • 2006/02/28 4:28 AM
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